大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1144号 判決

原告

株式会社北隆館

右代表者

福田元次郎

右訴訟代理人

村上直

被告

株式会社図鑑の北隆館

右代表者

福田喜三郎

右訴訟代理人

平井庄壹

主文

被告は、被告が出版販売する図書類及び郵便振替口座に、「株式会社図鑑の北隆館」の商号を使用してはならない。

被告は、右商号を他の商号に変更する商号変更登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告の申立

主文同旨の判決を求める。

二、被告の申立

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  請求原因

一(一)  原告は、大正八年一〇月二五日、書籍、雑誌及び新聞の出版並びに右に関連する事業を目的として設立された「株式会社北隆館」なる商号の株式会社であり、その設立以来原告商号を用いて生物関係の学術書及び図鑑等の出版販売をしてきた。原告が出版販売した図書には、大正三年発行の牧野富太郎博士著「植物図鑑」、昭和二年六月発行の内田清之助博士外二二名共著「日本動物図鑑」、昭和七年六月発行の江崎悌三博士外三〇名共著「日本昆虫図鑑」、昭和三二年一二月発行の内田清之助博士外共著「原色動物大図鑑全四巻」、昭和三四年五月から数年かけて発行の江崎悌三博士外共著「原色昆虫大図鑑全三巻」、昭和三六年発行の「牧野新日本植物図鑑」、昭和四〇年発行の「新日本動物図鑑全三巻」等がある。

(二)  原告会社は、商業登記簿上、昭和四八年二月二四日の株主総会の決議により解散(同月二六日登記)したことになつているが、東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第三九八号、昭和四八年(ワ)第五四二号及び同年(ワ)第三八七九号株式総会決議不存在確認請求事件の昭和四九年五月二八日の判決で右決議が無効であることが確認され、同判決は同年六月六日確定し、同月八日原告会社解散決議無効の判決確定の登記がされた。

(三)  右のとおりであつて、原告は、前述の設立以来今日に至るまで継続して前述の書籍の出版等を目的とする会社として存立し、原告商号は、早くから、原告の営業を示す表示として、日本全国にわたつて、取引者及び需要者間に広く認識されてきたものである。

二、被告は、昭和四八年二月二八日、被告会社代表者Fらが発起人となり、書籍、雑誌及び新聞の出版並びに右に関連する事業を目的として設立された「株式会社図鑑の北隆館」なる商号(以下「被告商号」という。)の株式会社であり、その設立以来その出版販売に係る図書類及び従前原告が使用していた郵便振替口座東京七五〇番に被告商号を用いて生物関係の学術書及び図鑑等の出版販売をしている。

三、被告商号は、原告商号の「北隆館」の頭に原告のシンボルともいうべき「図鑑」を冠したに過ぎないものであつて、原告商号に類似している。

四、原告は、前述の原告会社解散決議無効の判決確定の登記の後、銀行の応援を得てその業務を再開すべく、従来からの著者、印刷会社及び取次店に取引再開の依頼をしたところ、いずれも被告が原告とは別個の新たに設立された会社であることを知らず、被告を原告が、被告商号に商号変更したものであると誤解し、原、被告を同一の会社であると誤認して取引していることが判明した。すなわち、被告は、原告が出版権を有する前述のような図鑑類を出版しているが、その著者は被告を原告と誤認して検印し、取次店も被告の出版物を原告の出版物と誤認して販売しているし、また現在被告が使用している郵便局の振替口座東京七五〇番も原告の口座と誤認されて利用されている。

被告は、右のとおり、原告商号と類似する被告商号をその営業活動に使用して原告の営業活動と混同を生ぜしめているものである。

五、原告は、被告の右混同行為により取次店との取引に支障がある等その営業活動に致命的な障害を被つている。

六、よつて、原告は、被告に対し、不正競争防止法第一条第一項第二号に基づき、被告が出版販売する図書類及び郵便振替口座に被告商号を使用することの差止め、並びに被告商号を他の商号に変更する商号変更登記手続をすることを求める。

第三  被告の答弁及び主張

一(一)  請求原因一の(一)及び(二)の項は認める。但し、原告は、昭和四八年二月二四日株主総会で解散決議がされて以後は何らの営業もしていない。

(二)  同一、(三)の項は否認する。

(三)  同二の項は認める。

(四)  同三の項ないし五の項は否認する。

二、原告会社は、前述のとおり昭和四八年二月二四日株主総会で解散決議がされて以後は現在に至るまで何ら営業をしていないのであるから、不正競争防止法第一条第一項本文にいう営業上の利益を害されるおそれがある者ではない。従つて、原告は、被告に対し、右法案に基づいて本訴請求をする権利を有しない。

三、原告会社は、その登記簿に取締役三名及び監査役一名の氏名が登記されてはいるが、従業員が一名もおらず、何らの営業もしていない単なる登記簿上の存在でしかない。このような原告が被告に対しその商号使用の差止めを求めることは、権利の濫用であり許されない。

四、原告は、その代表者であつた福田元次郎の経営の失敗により資金難に陥り、結局原告とその債権者らとの間の昭和三九年一二月一六日付協定により債権者らが原告会社の経営を管理することとなり、福田元次郎が代表者を退任し、同人の実弟である福田喜三郎が代表者に選任された。ところで、福田元次郎は、その後債権者らに対し種々のいやがらせをしてきたが、昭和四八年二月、その一つとして債権者ら管理の原告会社に対し、同会社に資金がないことを知りながら、個人債権金四、三〇〇万円の支払請求をし、原告会社がその支払いをしないときは原告会社の取次店に対する売掛金債権の仮差押手続をとる気勢を示したので、そうなれば原告会社は営業を停止せざるを得なくなるので、福田喜三郎らが、これを避けるため止むを得ず、原告会社の第二会社として被告会社を設立すると共に、原告会社の解散手続をとつたのである。しかし、その後福田喜三郎は、福田元次郎との紛争を解決するべく、同人の要求を容れた和解案を同人に提示したが、同人はこれを拒絶し、現在の原、被告間の紛争の原因を与えているものである。このような紛争の原因を与えている福田元次郎と一体の関係にある原告が、法の保護を求めて本訴請求をすることは信義則上許されない。

第四  被告の主張に対する原告の反論及び答弁

一、被告は、原告は営業をしていないと主張する。しかし、原告は、現に書籍の出版をすべく、著者及び取次店に対し、そのための折衝をしているものであり、また本訴も原告が書籍を出版するについての障害を除去するためのものであつて、いずれも原告の営業活動にほかならない。

二、原告の本訴請求は権利の濫用であるとの被告の主張は争う。原告が営業活動をしていることは、前述のとおりである。

三、原告の本訴請求は信義則上許されないとの被告の主張は争う。原告会社が資金難に陥つたのは、図書の出版に多年月を要し、多額の投資をしたためであつて、福田元次郎の経営の失敗によるものではないし、また福田喜三郎が原告会社の代表者に選任されたのは原告会社の整理のためであつた。ところが、債権者らは、旧債の返済を受けるよりも債権者という優位な立場で原告会社から取引上多くの利益を受けていたので、債権の回収を急ごうとせず、これに福田喜三郎も結托して原告会社の整理はいつ終結するのか判らないような状態であつた。そこで、福田元次郎は、原告会社に対し、自己の債権の支払請求をしたところ、福田喜三郎と同人と結托した債権者らは、違法な手段によつて原告会社解散の手続をし、別に被告会社を設立し原告会社の財産をもつて原告会社と同一の営業活動を行つてきたのである。

第五  証拠関係〈略〉

理由

一原告商号が原告の営業を示す表示として日本全国にわたつて取引者又は需要者間に広く認識されているか否かについて検討する。

原告が大正八年一〇月二五日書籍、雑誌及び新聞の出版並びに右に関連する事業を目的として設立された「株式会社北隆館」なる商号の株式会社であり、その設立以来右商号を用いて生物関係の学術書及び図鑑等の出版販売をしてきたこと、原告が出版販売した図書には請求原因一の(一)の項掲記の図鑑類があることは当事者間に争いがない(但し、現に原告が営業をしているか否かについては争いがある。)。また、〈証拠〉を総合すると、原告会社は、戦前は図書、雑誌の出版及び販売卸を兼業し、右卸部門の販売シエアは全国の二〇パーセントを占め、四大取次店の一ツに数えられていたものであり、戦後は出版専業となり主として生物関係の図鑑及び専門書を出版し、生物関係の図鑑及び図書の出版社として全国的に著名であることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の事実によれば、原告商号が、原告の営業を示す表示として、遅くとも後記被告会社設立前、日本全国にわたつて取引者又は需要者間に広く認識されるに至つていたものであることが明らかである。

二ところで、被告は、昭和四八年二月二八日、被告会社代表者福田喜三郎らが発起人となり、書籍、雑誌及び新聞の出版並びに右に関連する事業を目的として設立された「株式会社図鑑の北隆館」なる商号の株式会社であり、その設立以来その出版販売に係る図書類及び従前原告が使用していた郵便振替口座東京七五〇番等に被告商号を用いて生物関係の学術書及び図鑑等の出版販売をしていることは当事者間に争いがない。

三そこで、原告商号と被告商号との類否について検討する。

原、被告商号の構成に照らせば、取引者又は需要者から、原告商号は「株式会社北隆館」という表示全体で、又は単に会社の種類を示すに過ぎない「株式会社」の語を除いた「北隆館」という表示で認識され、また被告商号は「株式会社図鑑の北隆館」という表示全体で、又は「株式会社」の語を除いた「図鑑の北隆館」という表示で、あるいは右表示から出版物を示すものと解される「図鑑の」という語を除いた「北隆館」という表示で認識されるものと認められるから、原、被告両商号中「北隆館」の語が両商号の要部であることは明らかである。そうすると、原、被告両商号は、その要部において同一であるから、類似するものと認められる。

四次に、前記二の項の被告の行為が、原告の営業上の活動と混同を生ぜしめる行為であるか否かについて検討する。

前記一の項ないし三項の事実によれば、被告は、原告商号と類似する被告商号を用いて原告会社と同様学術書及び図鑑等を出版販売しているのであるから、被告の右営業活動が原告の営業活動と混同されるおそれがあることは明らかであるというべきところ、更に〈証拠〉によれば、原、被告会社の出版物の著者、印刷会社、小売店又は購入者の中には、被告会社が原告会社と同一会社であると誤認している者があつて、被告会社に原告会社あての電話がかかつてきたり、原告会社に対する同社が昭和五一年九月に出版した「竹の観賞と栽培」という題名の図書の注文が被告会社にきたりするなど現に被告会社の営業活動が原告のそれと混同されている事実のあることが認められる。

五右四の項の事実によれば、原告会社が、被告会社の被告商号を用いて学術書及び図鑑等を出版販売するという混同行為により現に営業上の利益を害されており、また将来にわたつて害されるおそれがあることは明らかである。

ところで、被告は、原告は現に営業をしておらず、営業上の利益を害されるおそれがある者ではないと主張するけれども、右四の項の認定のとおり原告は現に営業をしているのであつて、被告の右主張は前提を欠き理由がない。

六そうすると、原告は、被告に対し、不正競争防止法第一条第一項第二号に基づき、被告の混同行為の差止めとして、被告が出版販売する図書類及び郵便振替口座に被告商号を使用することの差止め、並びに被告が被告商号を他の商号に変更する商号変更登記手続をとるべきことの各請求権を有するものというべきである。

七ところで、被告は、原告会社は単なる登記簿上の存在でしかなく、このような原告会社が被告に対しその商号使用の差止めを求めることは権利の濫用であり許されないと主張するけれども、前認定のとおり原告会社は現に図書の出版販売をしているのであるから、被告の右主張は前提を欠き理由がない。

被告はまた被告の答弁及び主張の四の項のとおり、福田元次郎は原、被告間の現在の紛争の原因を与えているものであり、このような福田元次郎と一体の関係にある原告が法の保護を求めて本訴請求をすることは信義則上許されないと主張するが、仮に福田元次郎が現在の原、被告間の紛争の原因を与えているとしても、そのことだけで原告が本訴で請求するような請求を被告に対してすることが信義則上許されないということにはならない。被告の主張は理由がない。

八以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、理由があるので、正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高林克己 清永利亮 安倉孝弘)

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